みんかぶマガジン3/13(月) 9:10配信

日本で研究者の道を歩むためには、多くの場合まず非常勤のポストに就くことを強いられる。政府は研究者の雇用を守るために5年あるいは10年で無期雇用権が得られる法律を制定したが、ジャーナリストの田中圭太郎氏によると、法律を逆手に取って「雇い止め」の材料として使う大学・研究機関も少なくないという。中でも強硬な姿勢を見せ続けているという東北大の現状を、田中氏が明らかにする――。全3回中の3回目。

※本稿は田中圭太郎著『ルポ 大学崩壊』(筑摩書房)から抜粋・編集したものです。

特定秘密保護法の裏で採決された法案

2012年、それまで1年ごとの契約だった有期雇用の労働者について、同じ事業所で5年以上継続して勤務すれば無期雇用権が得られる改正労働契約法が成立した。首都圏の多くの大学は2018年春までに、5年以上勤務している非常勤職員の無期雇用を認めた。

また参議院本会議では2013年12月、議員立法として提案されたある法案が可決され、成立した。その法律は「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律及び大学の教員等の任期に関する法律の一部を改正する法律」。

非常に長い名前だが、わかりやすく言うと、大学や研究開発法人で働く有期雇用の研究者や教員については、無期転換申し込み権が発生するまでの期間を、労働契約法で定められている5年から10年とする特例を定めたものだ。

この法律はその後、研究者については「科学技術・イノベーション活性化法」、大学教員などについてはいわゆる「任期法」と一般的には区別されている。

ただどちらも、本来であれば5年以上働くことで得られたはずの無期転換権を?奪することに変わりはない。それだけに慎重な議論が必要なはずの法案だったが、このときの国会は与党による特定秘密保護法の強行採決をめぐって紛糾していた。

その影響を受けて、衆議院を通過したあと、参議院の文教科学委員会でこの特例が審議されたのはわずか一日だけだった。提案した与党からの説明は尽くされたと言えず、野党第一党だった当時の民主党が与党の議会運営に反発して委員会を欠席するなど、十分な審議が行われないまま可決されたのだ。

改正労働契約法が施行されたのが4月で、特例が成立したのが同年12月と、わずか8カ月で「抜け道」ができたことになる。特例は翌年、2014年4月に施行され、2013年4月にさかのぼって適用された。

「5年で雇い止め」を強行し続ける東北大学

5年以上働いてきた人たちの無期転換権を認めずに、大量の雇い止めを強行した大学がある。それが東北大学だ。

東北大学は2018年3月に、非正規の准職員と時間雇用職員315人を雇い止めした。その後も毎年数十人が無期転換権を得られる直前に雇い止めされている。この雇い止めが「無期転換逃れ」を目的にしていることは、その経緯から明らかだった。

大学は2014年3月に就業規則を改正し、非正規職員の労働契約期間の上限を原則5年以内として、2013年4月1日にさかのぼって適用したのだ。正規の教職員の組合である東北大学職員組合は、非正規職員からの相談を受けて、大学側と交渉にあたっていた。

しかし、2017年1月になって大学が「原則5年以内」を「例外なく5年まで」と解釈変更し、無期転換を一切行わない方針を示したことで、全面的に争うことになった。

2018年2月、雇い止めの対象となった職員のうち6人が地位確認と雇い止め撤回を求める労働審判を起こすと、職員組合は宮城県労働委員会に不当労働行為の救済を求める申し立てを行った。

労働委員会への申し立てについては、2019年11月に不当労働行為が認定される。大学側はこれを不服として中央労働委員会に再審査を申し立てたものの、2020年9月に和解した。

一方、労働審判では裁判所からあっせん案が示されたが大学側が拒否して、仙台地方裁判所での裁判に移行した。非正規の職員にとって、裁判で戦い続けるのはハードルが高い。結局6人のうち男性一人だけが2018年4月に提訴した。

この裁判の一審判決は、2022年6月に出た。裁判所は「労働者の権利を不当に制限するものとはいえない」などとして男性の訴えを却下した。男性は判決を不服として控訴し、大学との法廷闘争を続けている。

「無期雇用」なのに突然「業務終了でクビ」

東北大学ではこの判決が出た時期に、新たな大量雇い止めが起きる可能性が出ていた。それは「科学技術・イノベーション活性化法」の対象となる教職員だった。つまり5年で無期転換権が得られるはずだった職員に続いて、今度は10年かけて無期転換権が得られるはずだった研究職の教職員が、直前に雇い止めされる可能性が高まっているのだ。

職員組合によると、2023年3月末に10年を迎える対象者は239人いると見られる。内訳は常勤の教職員が97人と、学術研究員、寄付講座教員、技術補佐員などの非常勤職員が142人となっている。2022年11月時点で、東北大学は無期転換権を認める方針を示していない。

2018年から起きている雇い止めとは異なる点もある。これまでの対象者は職員だったが、今度は若手研究者と教員も対象になっていることだ。

特に若い研究者の場合、大学に対して異を唱えにくい状況がある。雇い止め問題で長年大学側と対峙してきた、職員組合執行委員長の片山知史氏は次のように懸念する。

「2018年に雇い止めされた職員は長く勤務してきた方が多く、何とかしてほしいと多くの人が職員組合に駆け込んできました。それが、今回対象になっている研究者のみなさんは、ほとんど自ら声を上げていません。30代の方が多く、裁判などを起こした場合、研究職は狭い世界ですので噂が広がって、次の就職にも影響が出ると考えているのではないでしょうか」

一方で、別の形で雇用されるのではないかと期待して、声を上げていない可能性もある。というのは、非正規職員については5年の上限を迎えるまでに試験を受けて合格すれば、限定正職員として採用される制度ができているからだ。

限定正職員は、業務限定(一般)と、業務限定(特殊)、それに目的限定と三つの業種に分かれている。試験は2017年8月に初めて実施された。821人が受験し、合格者は690人、不合格者は131人だった。

ところが、受験できなかった職員が多数存在することがわかっている。5年を迎える非正規職員は、実際には1140人いた。大学は3割近い職員をあらかじめ切り捨ててから選考していたのだ。

しかも、のちに新たな問題が浮上する。限定正職員の合格者のうち、6割を占めたのが目的限定の業種だった。目的限定の場合、プロジェクトが終了したり、教授が退職したりすると、業務が終了となって、職員が解雇されることがわかった。正職員といいながら、実は事実上の有期雇用だった。

実際に、2018年度末に15人、2019年度末には11人が解雇された。わずか1年や2年で解雇されているのだ。

試験に受かって採用される際に、大学からは業務が終了するまでの雇用だと通知される。この際、何年何月までと期間を定めていないので「無期雇用にあたる」と大学は職員組合に説明している、と片山氏は明かす。

「雇用される側からすれば、業務が終了するまでという条件は飲まざるを得ないですよね。承諾しないと雇ってもらえないわけですから。その気にさせておきながら、来年で終わりですよと突然告げて解雇していく。これが東北大学のやっていることです」

限定正職員制度を使った解雇も、脱法行為ではないかと職員組合では指摘している。2023年で10年を迎える研究者に対しても同様の制度ができる可能性もあるが、法律の趣旨に則って研究者の無期雇用を認めればいいだけではないだろうか。

繰り返すが、改正労働契約法で定める5年も、科学技術・イノベーション活性化法や任期法で定める10年も、非正規の労働者に無期転換権が発生する年数であり、本来は雇用を守るための法律だ。5年や10年での雇い止めが法の趣旨に逆行しているのは明らかだ。

文科省は2022年11月7日、国立大学法人や研究開発法人などの長に対して、「無期転換ルールの円滑な運用について」と題した依頼文を出した。

「無期転換ルールの運用を意図的に避けることを目的として、無期転換申込権が発生する前に雇止めや契約期間中の解雇等を行うことは、労働契約法の趣旨に照らして望ましいものではない」として、無期転換ルールの適切な運用を求めた。この依頼で歯止めがかかるのかは、現時点では見通せていない。

田中圭太郎