東洋経済(2023/03/14)

受験生が睡眠時間を削って入試当日まで必死に勉強をする――そんな大学受験の姿が今や過去のものになりつつある。

少子化時代を反映して18歳人口は1990年代以降減り続けているにもかかわらず、大学の定員は微増を続けている。その結果、文部科学省などが発表した数字を見ると、2021年の国公私立大学の入学定員の合計は62.4万人だが志願者数は65.8万人。実質的な倍率は1.05倍でしかない。

つまり大学の入学定員と志願者数はほとんど同じなのだ。

大手予備校などの推計では、今後も大学の入学定員が増え続ける一方で18歳人口が減るため、早ければ2024年に入学定員が志願者数を上回る「全入時代」に突入するという。

その先は18歳人口がさらに減っていくため、2040年には大学志願者が約44万人にまで減る見通しだという。つまり志願者が約20万人も減少するのだ。大学入試はますます楽になっていくが、喜んでばかりはいられない。

「全入時代」の私大は学生確保に苦しむ

ここで問題になるのは大学の経営だ。いくら立派なキャンパスを作っても学生が入学しなければ大学経営は成り立たない。少子化時代は大学にとって厳しい生存競争の時代到来を意味しているのだ。

深刻な事態はすでに現実のものとなっている。

日本の大学は国立大学、公立大学、私立大学などに分かれているが、大学数や学生数が圧倒的に多いのは私立大学で、全国約800の大学のうち私立大学は4分の3の600校以上、学生数でも同程度の割合を占めている(2022年)。

そして私立大学のうち、実際に入学した学生が定員に満たなかった大学が2022年には約半数の47.5%と過去最高を記録したのだ。しかも充足率が80%未満の大学が19.4%で、前年の14.2%から大幅に上昇している。全入時代を前に、多くの私大はすでに学生確保に苦しんでいるのだ。

たいていの受験生は1人で数校の試験を受け、複数に合格すれば多くが偏差値の高い大学を選ぶ。また東京など都市部の大学と地方の大学に合格すれば都市部の大学を選ぶ傾向が高い。

その結果、偏差値の低い大学や地方の私立大学に学生が集まりにくくなり定員割れが恒常化しているのだ。

入学した学生が定員を割るということは、単に大学の評判を落とすだけでなく、大学の経営にも授業運営にも深刻な影響を及ぼしかねない。さらに文科省は、学生数が定員の8割未満の大学に対しては、低所得家庭の学生を対象とした授業料免除や給付型奨学金の支給などを支援する「修学支援制度」の対象外とするとしている。

つまり受験生に人気がなくて定員を大きく割る大学は、授業料収入などが減るだけでなく、文科省の支援制度の適用外になり見放されてしまうのである。

そんなことになると、大学として生き残っていくことはほとんど不可能になってしまう。そこで多くの大学が力を入れているのが、入学者を早めに確保できるいわゆる推薦入試の活用だ。

推薦入試には総合型選抜(AO入試)と学校推薦型選抜の2つがあり、いずれも主に9月から12月の間に実施される。入試シーズンといえば寒い2月のイメージがあるが、それに先立っていち早く合格者を決めてしまう制度だ。

大学も、受験生も、親も高校もハッピー

総合型選抜は、書類審査や小論文、面接などを組み合わせて合否を判定する。学校推薦型は、出身高校の校長の推薦を受けて高校が作成する調査書(定期試験の成績などが記されている)などをもとに判定する。いずれもいわゆる学力を試す試験が行われないケースが多い。

総合型選抜は受験生が自由に応募できるため、不合格者が出る可能性がある。これに対し、学校推薦型の中で最も多い「指定校推薦」方式は、大学側が各高校に学科単位で1~2名の推薦枠を提示し、高校側は推薦対象者を選ぶ。選ばれた受験生はほぼ100%合格する。合格した後で受験生が入学を辞退すると翌年からその高校の推薦枠が取り消される恐れがあるため、合格者の大半が入学する仕組みとなっている。

驚くのは、この2つの方式の推薦入試が今や大学入試の主流となっていることだ。

一昔前まで推薦入試は例外的で、大半は複数の科目の試験問題が課される一般選抜だった。しかし、2010年代に入ると私立大学の入学者の50%以上が推薦入試での合格者となった。2022年には57.4%にまで増えている。

つまり私立大学の合格者の6割近くが、一般選抜の入試ではなく推薦入試で入学しているのだ。

推薦入試がここまで広がったのには理由がある。

受験生の父母や高校側にとっては受験生を高い確率で合格させることができる。大学側にとっては早めに新入生を確保できる。そして受験生にとっては受験シーズンまで延々と試験勉強に苦しむまでもなく早々と3年生の秋に進路が決まってしまう。関係者全員にとってありがたい制度なのだ。

予備校関係者は「高校、保護者、受験生の安定志向が強まっていることと、大学側の入学者確保のニーズが強まっているため、推薦入試は私立大学の主流になり今後も増えていくだろう」と分析している。知識偏重の詰め込み型の受験勉強に否定的な文科省も、推薦入試を受験生の「能力、意欲、適性などを多面的、総合的に判定できる」として肯定的に捉えているようだ。

しかし、推薦入試偏重には疑問を持たざるを得ない。

まず、大学の二極化が進んでいることだ。

推薦入試はすべての大学が積極的に導入しているわけではない。比較的偏差値の高い有名校の推薦入試の比率は相対的に低い。これらの大学は複数の科目の試験を実施し成績の順に合格を判定しており、入学者に占める推薦入試合格者の割合は4割台以下だ。

それに対して偏差値が低い大学、あるいは地方の小規模大学や女子大は6割以上と高い比率になっているところが目立つ。中には東京都内のある大学の学部のように入学定員170人のところ、一般選抜での入学者がわずか7人で残りの9割以上が全員推薦入試という例もある。

その結果、一般選抜中心の大学と、推薦入試中心の大学という二極化が進んでいるのだ。

ゆとり世代の二の舞にならないか

高校での授業にも変化が生まれている。

大学入試合格の結果がその学校の評価につながる私立高校はまだ一般選抜に力を入れているが、教員、父母共に安定志向の強い公立高校では推薦入試を重視し、授業でも一般選抜対策よりも、小論文や面接対策に比重を置くようになってきているという。

学校推薦型は、定期テスト結果の5段階評価の平均値が判断材料となるため、推薦入試を目指す生徒は定期テストに力を注ぐ傾向が強まる。定期テストは試験範囲が限定され、短期間集中的に学習すれば高い点数を取ることができる。広い範囲を体系的に学習することが必要な一般選抜対策の勉強とはかなり異なる。

さらに、推薦入試で合格する生徒は高校3年生の最後まで試験勉強をし続けなくて済む。進学先を早々と確定させるという意味では関係者にとってありがたい制度ではあるが、推薦入試合格者は高校3年生の後半の半年間、一般選抜を受ける同級生が一生懸命、勉強している脇で、何もしなくても卒業、進学できる。

その違いは大学入学後にはっきり表れる。推薦入試合格者と一般選抜合格者の大学入学後の成績を比較すると、後者のほうが優れている場合が多い。大学によってはこの差を少しでも縮めるために、推薦入試合格者に対して「入学前教育」と称して課題を課して提出させ、勉強を継続させるところも少なくない。

大学入試はかつて、単なる知識の詰め込み、暗記だけの勉強と批判され、入試問題も難問奇問ばかりと改善を求められた。入試にそうした欠点があることは事実だ。しかし、その解決策が推薦入試というわけではない。

推薦入試が広がったのは、入学生確保を目指す大学、確実に進学させたい高校、早く安心したい父母と、大人の論理や都合でしかない。そして、少子化という時代の波を受けて、受験生の「青田買い」ともいえる推薦入試は今後もさらに拡大していくだろう。

かつて文科省が進めたゆとり教育を受けた子供たちは、相対的に学力が低く、競争心が乏しく、自主的に仕事をせず指示を待つ傾向があるなどとして「ゆとり世代」と揶揄された。推薦入試で大学に進学した若者が「推薦入試世代」などと揶揄されることがないことを祈る。