河北新報(2023年2月7日)

大学の研究基盤が今、揺らいでいる。研究を支えるはずの雇用や資金の仕組みが逆に火種となり、資金流用などのトラブルを引き起こしている。制度のひずみが著しく露呈した山形大有機エレクトロニクス研究センター(山形県米沢市)の事案から、資金確保や研究の在り方を見つめ直す。

2020年夏、有機エレクトロニクス研究センターの研究室で、研究職の男性が自身の作業月報に押印するよう、女性スタッフから何度も懇願された。月報には全く身に覚えのない研究内容が記されており、男性は誤りを指摘して押印を拒んだ。

「はんこを押してくれないと、私は帰れない」。女性スタッフは引き下がらなかった。男性は、押印が上司の教授らの指示だと推し量り、悩んだ末に効力のない日付印を押した。

民間企業から有期雇用で移った男性は体調を崩し、20年秋にセンターを退職。「押印すれば研究費の不正流用への加担になることは分かっていた」と当時を振り返る。

センターの研究室で発覚した研究費の不正流用は総額3000万円に上った。男性は科学技術振興機構(JST、埼玉県)所管のプロジェクトで印刷技術を研究しており、本来はJSTから入る研究費で給与が賄われる。

だが、実際はJSTの研究費ではなく、国土交通省所管機関のプロジェクトの研究費が、給与に充てられた。男性の雇用契約書も十分な説明がないまま同省所管機関に変更され、押印を迫られた作業月報に記された内容も、この機関のプロジェクトだった。月報は最終的に別の教員が偽造し、提出していたという。

「以前は不正に気付かず、書類に押印したこともある」と明かす男性。「事業資金が足りず、都合良く財源を振り替えたのだろう。学外から来て大学の内情も分からず、説明もない。有期雇用の立場では教授に逆らえなかった」と悔やむ。

不正に加担

男性が所属した研究室は20年度当初、有期雇用のスタッフ約30人を抱える一方、正規雇用の教員は2人だけ。研究室に限らず、山形大では1年や3年の任期付き契約を結び、更新する形態の有期雇用が広がっている。教員・研究員は23年1月1日時点で203人が有期雇用で、事務や技術系の職員を含めると1352人。全体の約4割を占める。

山形大職員組合幹部は、資金獲得や組織管理を教授1人が担っていたことを問題視する。「雇用を巡る権限が教授に集中して運営の実態も見えにくく、不正を指摘できない。不正に加担させられた研究者や職員の精神的苦痛は大きかった」とみる。

文部科学省によると、全国の大学で働く有期雇用の教員らは約5万8000人(19年度)。研究費流用のほか、雇い止めトラブルも後を絶たない。

雇用問題に詳しい日本大経済学部の安藤至大教授(労働経済学)は「(プロジェクトなどにひも付く)外部資金で研究者を雇う限り、有期雇用が多くなる状況は変わらない」と指摘。「大学の教職員のキャリアの在り方を国の政策的判断も踏まえ、社会全体で考える必要がある」と強調する。