AERA(4/15)

大学生は原則、生活保護を認められない。大学・短大の進学率が8割に達した今も60年前のルールが適用されている。若者たちは「大学は贅沢ですか」と声を上げる。AERA 2023年4月17日号の記事を紹介する。

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<大学は贅沢(ぜいたく) なんですか?>

地方の国立大学に通う「儚(はかない)」さん(21)は昨年9月、少女がこうつぶやくイラストをツイッターに投稿した。

「ずっと、大学は贅沢だという問題に向き合わされてきました」

3歳の時に両親が離婚。母親(53)と一緒に暮らし始めたが、母親は心的外傷後ストレス障害(PTSD)などを発症し、働けなくなり生活保護を受けるようになった。電気などライフラインが止まることもよくあった。

貧困から抜け出すには学歴が必要と考え、勉強して国立大学に進もうと決めた。

■待ち受けた過酷な現実

しかし、高校1年の時、生活保護世帯の子どもは原則として大学進学が認められず、進学するには「世帯分離」しなければいけないと知った。世帯分離とは、住民票に登録されている一つの世帯を二つ以上に分け、保護から外れることだ。

「こんなに頑張っているのに、生まれてきた環境だけで選択肢を狭められるんや──」

ショックだったが、現実を受け止めて猛勉強した。2020年春、第1志望の大学に合格。返済不要の給付型奨学金や授業料の減免措置を受けることができ、世帯分離の手続きもした。ようやく手にした未来への切符だった。

だが、待ち受けていたのは過酷な現実だった。

母親からの仕送りは望めないので、生活費も教材費も国民健康保険料までも自分で支払わなければいけない。世帯分離したことで、家族に支給される保護費の減額分(約4万円)を母親から求められた。塾の講師やキャバクラなどバイトに追われ、睡眠は1日4、5時間。食費を切り詰め、体重は36キロまで落ちた。心と体が悲鳴を上げ、摂食障害とうつを発症し、1年で休学を余儀なくされた。

「儚」のハンドルネームで、ツイッターに投稿を始めたのはこのころから。自分の感情を見つめ直すため幼い時から大好きだった絵を描いて投稿し、思いも発信するようになった。

「生活保護世帯の子どもが原則大学進学できない仕組みになっているのは、今の時代にそぐわないと思います」(儚さん)

一方、厚生労働省は昨年12月、5年に1度の生活保護の見直しについて中間報告を取りまとめ、生活保護を受けながら大学に進学することを認めないルールは現状のままとする方向性を示した。

■「均衡論はおかしい」

生活保護は「最後のセーフティーネット」だ。1950年に施行した生活保護法は第1条で「生活に困窮するすべての国民」に最低限度の生活を保障すると規定する。それなのになぜ、大学生は排除されるのか。

厚労省保護課の担当者は、AERAの取材にこう答えた。

「まず一般世帯にも大学に進学せず働く人がいたり、進学してもアルバイトや奨学金で学費や生活費を賄う学生もいたり、そうした人との均衡が取れないため認められないという考えです」

均衡が取れない──。「均衡論」と言われ、生活保護を論じる際にしばしば出てくる問題だ。

生活保護行政に詳しい立命館大学准教授の桜井啓太さん(社会福祉学)は「より厳しい人がいるから認めない、という均衡論はおかしい」と指摘する。

「現在、高校への進学率は98.9%(21年)で中学卒業後に働く人もわずかですがいます。しかし、生活保護世帯の高校生の生活保護は認められます。均衡論でいえば、高校生の生活保護も対象から外されないといけないことになります」

大学生は生活保護の対象外とするルールは、60年前の63年に出された旧厚生省の通知に基づく。当時の大学や短大への進学率は15%程度で大学は「贅沢品」。だが、今は83.8%(21年)と大きく伸びた。それにもかかわらず、制度の運用は変わっていない。生活保護世帯の大学などへの進学率は39.9%(21年)にとどまる。

「しっかりとしたエビデンスをつくり、それに基づき判断するべきです」(桜井さん)

■「修学支援制度」も理由

厚労省が大学生を生活保護の対象から除外するのは、もう一つ理由がある。国が20年度から始めた返済不要の給付型奨学金などで支援する「修学支援制度」だ。先の厚労省担当者は、「教育政策の中で支援していきたい」と話す。

だが、桜井さんは「そこから漏れる人を救うのが生活保護だ」と語る。

「奨学金は手続きから支給まで何カ月も要し、それに対し急場をしのぐ制度としてあるのが生活保護です。例えば、奨学金やバイトで生活が安定するまで支給する。困っている人が困っている時だけ、一時的にでも利用できる制度であるべきです」

大学生の生活保護は、親から子への「貧困の連鎖」を断つためにも不可欠だと桜井さんは指摘する。

「生活保護の申請すら受けてもらえないことが、大きな問題だと考えています」

そう話すのは、NPO法人「虐待どっとネット」(大阪市)代表理事の中村舞斗(まいと)さん(34)。生活保護を受けられずに大学を中退した経験を持つ。

幼い頃、祖母や親族から虐待を受けてきた。それを乗り越えて働きながら学費を稼ぎ、22歳の時に看護大学に進学した。だが、授業で小児や母性の授業を受けると、幼少期の虐待のフラッシュバックから体調が悪くなりバイトができなくなった。収入が途絶え、生活費に窮し、救いを求めて役所の生活保護課に行くと、担当者から「大学は贅沢品です」「大学をやめるか休学してからまた来てください」と言われた。

絶望し、自殺を図ったが未遂に終わった。結局、学費を支払えなくなり、中退せざるを得なかったという。

昨年、10年経っても変わらない現状に憤り、生活保護の運用見直しを求めるオンライン署名を行った。2万6千筆以上が集まり、厚労省に提出した。

「自分の努力以外のところ、生まれた環境によって若者の将来が狭まるのはおかしい。大学生だから生活保護を受けられない現状は変えるべきです」

■「当事者の声を聞いて」

こうした現状について、虐待を受けた子どもや若者を支援する弁護士の飛田桂(ひだけい)さんは「これから羽ばたこうとする若者の、夢や希望を奪うことになります」と指摘する。生活保護が必要な若者の中には虐待を受けた人も少なくない。飛田さんによれば、虐待に耐え、大学などに進もうとする若者は学びたい気持ちが強く、社会のためにも頑張ろうと思っているという。進学を認めないのは若者の翼をもぎ取ることになる。

「心が折れ、希望を失い、心身を壊しやすくなります。自暴自棄になれば、薬物やアルコールに依存し、何らかの犯罪に加担することもあります。そうなると、医療費や法務省関連の費用に跳ね返り、社会にとってもマイナスです」(飛田さん)

生活費を賄うためカードローンで多額の借金をする若者もいるという。

飛田さんはこう語る。

「生活保護と大学生の問題は、私たち社会が抱える課題でもあります。課題を解決するには、なぜそうした事態が起きているか理解し、若者にとって本当に必要なセーフティーネットのあるべき姿は何なのかを考え、社会全体で取り組み解決することが必要です。そうすることで若者も社会もどちらも幸せになるウィンウィンの関係を築け、その先によりよい社会があります」

冒頭の儚さんは2年間の休学を経て大学に今月復学した。この間、先の中村さんらと生活保護の運用見直しを求める署名活動などをしてきた。儚さんは言う。

「当事者の声を聞く社会になってほしい。次の世代の子どもたちが生きやすい社会になってほしい」