AERAdot(2023/03/14)

最近、国際関係の大学や学部の人気が低迷している。東京外国語大学(東京都府中市)の2023年度前期日程試験の志願者は前年度比で74%に急減した。倍率が1.1倍の専攻もある。コロナ禍による各国の出入国規制が長引き、若者が海外と接触する機会が失われたことが大きな原因だという。さらに、今春から数学の2科目受験を必須としたことが影響した、という報道もある。なぜ、東京外語大は数学を重視するようになったのか、青山亨副学長に聞くと、近年、人文社会系の学問の世界が大きく変わり、同大がデータサイエンスの最前線にあることを強く感じた。

東京外語大は23年度入試から大学入学共通テストの利用科目「数学」を1科目から2科目に増やした。

従来は「数学(1)(数学I・数学Aなど)」「数学(2)(数学II・数学Bなど)」のいずれかを課していたが、今春からは両方の受験を求めるようになった。

「やはり、数Iだけでは不十分なので、数IIも課すことにした、ということです。このレベルの数学はきちんと学んできてくださいという、本学からのメッセージでもあります」

と、青山亨副学長は語る。

背景には人文社会系の大学や学部であってもデジタル技術や数理的な発想が不可欠になっていることがある。

「文系だから数学は関係ない、というのは、今ではまったく通用しない話だと考えています。教育や研究のあり方にしても、データサイエンスを入れていく必要性を強く感じています」

■言語学にとって超強力ツール

今、デジタル人材の需要増を見据えて、各大学で情報・データサイエンス系学部の開設が相次いでいる。

文部科学省も「数理・データサイエンス・AI」をデジタル時代の「読み・書き・そろばん」と位置づける。その施策の一つが大学などで始まった「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)」だ。

「本学もこの制度への認定申請の手続きを進めているところで、すでに申請の要件を満たしております」と、青山副学長は言う。

それが昨春から始めた「TUFSデータサイエンス教育プログラム」、通称「たふDS」である。

初級レベルは3学部(言語文化学部、国際社会学部、国際日本学部)の横断的な履修科目で、データサイエンスの基本を学ぶことから始まり、徐々にデータを扱う技術、アルゴリズム、プログラム、統計処理などに取り組んでいく。

「上級の実践的な科目は学部に分かれていますが(開講学部以外は関連科目扱い)、最終的にはコーパス(corpus)や統計、GIS(Geographic Information System:地理情報システム)など、情報システムに使う領域まで学んでいきます」

コーパスとは、人間が話す言葉や、書き記した文章を材料に収集したクラウド上にある言語データベースで、それを基にさまざまな研究が行われているという。

「クラウド上に集められた膨大な言語データをコンピューターによって処理します。すると例えば、この動詞の後にはこの前置詞がくる頻度が何%と出てくる。この言語の文法はこうなっている、ということを機能的に推定できます。データサイエンスは言語学にとって、非常に強力なツールであり、そこからさまざまな、とても有益なアプリが開発されています」

■すごいアプリが続々と登場

青山副学長の話が進むにつれて、最近、言語とデータサイエンスが結びつき、私たちの社会に深く浸透しつつあることに気づかされ、ハッとした。

例えば、スマホに話しかけるだけでさまざまな情報を教えてくれる音声検索を利用している人は多いだろう。しかも、あらゆる言語に対応している。これはコーパスとデータサイエンスが結びついた果実の一つだ。

翻訳ツール「DeepL(ディープエル)」や、対話型の文章生成ツール「ChatGPT(チャットジーピーティー)」などもある。

ちなみに、筆者が愛用している自動文字起こしアプリもその一つである。取材で録音した音声を書き起こしてくれるのだが、単純に音声を文字に変換するのではなく、不明瞭な部分は文章がつながるように生成してくれる(もちろん、それが正しいかチェックする)。取材後に調べようと思っていた専門的な固有名詞もクラウド上で見つけ出し、的確に書き起こしてくれ、筆者を唸らせる。

このようなアプリはデータサイエンスで言語を解析した結果を土台として生まれてきたわけで、ある意味、東京外語大はその最前線にある。

「今、われわれはデータサイエンスやAIの世界的な大きな潮流のなかにいます。ただ、本学はデータサイエンスや人工知能を研究開発することは目指していません。ですが、その背後にある基本的な仕組みを理解することを学生に求めています。それによって、データサイエンスをツールとしてどの範囲で、どう使えるか、見極められるようになりますから」

■言語をロジックでとく

とは言っても、東京外語大の志願者は外国の言葉や文化を学びたいという意識の学生がまだ多いのではないだろうか。

「志望動機についてはそのとおりですが、それが学生たちの目標ではないと考えています。つまり、その志をベースに本学で何を学び、どのように社会で活躍したいのかが肝要です。その意味でデータサイエンスは今後の社会で生きていくための大事な素養の一つであることは間違いないでしょう。それを使いこなせるようになって、卒業後のキャリアパスをしっかりと切り開いてもらいたい」

そこで青山副学長は、入学時に基礎的な数学をしっかりと身につけておくことの大切さを強調する。

「数学の一番の根本はロジック(論理)です。そもそも言葉を学ぶうえで、論理的な思考をすることは非常に重要です」

コンピューターのプログラムを書き記す「人工言語」に対して、私たちが口にする言葉は「自然言語」と呼ばれる。

「プログラムが論理的な規則に基づいて書かれるように、自然言語にもある種のロジックが働いています。なので、一つの言語の仕組みがわかれば、それを応用して別の言語の仕組みも比較的理解しやすい。その本質を見極める力を身につけるためには、高校で数学をきちんと学んでおくことがとても大切です。それによって論理的に考える力が養われますから」

■文系、理系の区分けは破綻

ただ、昨春スタートした、たふDSに対する学生の反応はいまひとつだという。受講生の数は2桁の低い水準にとどまっている。

「1年目なので仕方ないな、というのが正直なところです。自分がどのようなテーマで卒論を書くのか、まだぼんやりとしている学生にはデータサイエンスを学ぶ意識が十分に芽生えていません。逆に、経済学に関心がある学生などは、やはり統計ができないとだめだね、ということで、比較的熱心にたふDSを受けています。高校で『情報I』が必修化されたので、今後はもっとデータサイエンスに対する意識を持った学生が入学してくると思います」

てこ入れ策として検討しているのが同じ西東京地区にある電気通信大学(東京都調布市)との連携だ。

「データサイエンスに強い電通大の先生方の知見をお借りして、1年生などを対象に、それが自分の将来にどう関わってくるのかを伝える講演会を開くことを考えています」

30年前、筆者が米国の大学院で政治学を学んだ際、すでに数値モデルとコンピューターを使って、政策決定の流れを分析する手法が定着しているのを目の当たりにした。

青山副学長は「大学を文系、理系に分ける考え方はすでに破綻している」と指摘する。

まさに、そのとおりである。

(AERA dot.編集部・米倉昭仁)