信濃毎日新聞(2023/02/20)

岸田文雄政権がまた一つ、政策を転じる。

東京23区にある大学の定員規制を一部緩和する方針を固めた。情報系の学部・学科に限り、2024年度にも定員増を認める。

安倍晋三政権は18年、定員増を27年度末まで原則禁止する法律を制定した。地方創生で人口の東京圏一極集中の是正を目指したものの効果がない。地方に詰め寄られて導入した苦肉の策だった。

岸田政権の転換は、高等教育の将来を考え抜いた末ではない。看板である「デジタル田園都市国家構想」の推進を目的とする。政治の都合に変わりはない。

産業界のIT技術者の需要は高まっている。デジタル改革関連法が施行され、自治体も人材の確保に追われている。

国家構想はデジタル化の地域間格差を埋めるため、地方でのインフラ整備を柱に据えた。それなら育成の拠点を地方に分散させる発想は持てなかったのか。23区を利用する「手っ取り早さ」を優先したとしか思えない。

定員規制の緩和は東京圏集中の是正に逆行する―と、地方側は批判している。

本来なら「国の期待」で選別してきた地方大学への交付金制度の見直しや、実効性のある雇用政策と合わせて詰めるべきだった。岸田政権は地方との協議をおざなりにし、政省令の改定で緩和に踏み切ろうとしている。

若者の選択肢を狭め、時代に見合った学部・学科の新増設を妨げる定員規制は、いつまでも続けられまい。23区にある大学入学者のうち、7割余は東京圏の高校出身者が占めてもいる。

18歳人口は既に減少し始めている。各自治体は、コロナ禍もあって高まっている地方大学への進学志向を生かしたい。

例えば、地場産業や伝統工芸を学ぶ機会を提供する、複数の県で一つの大学を運営する、他大学との単位交換を活発にする、経済的事情があっても学べる仕組みを整える…。学生を引きつける工夫を重ね、実現に向けた政策や財政措置を国に迫ってほしい。

雇用を増やし、男女間格差を解消する。就学、就労、結婚、子育て、老後に至るまで、住民の需要をくんだ施策体系を地方で築く。少子化や東京圏集中に歯止めをかけるのに必要なのは、社会構造の抜本的な転換だろう。

若い世代は政策実現のための駒でもなければ、人口の調整弁でもない。国も地方も、はき違えてはならない。